コミュニティ・オーガナイジングを活用したキャンペーン(実践)

CAMPAIGNS

キャンペーン(実践)報告
CAMPAIGN #6 facebook twitter
当事者の力を信じる「コミュニティ・オーガナイジング」
まんまるママいわて(佐藤美代子さん)

コミュニティ・オーガナイジングでは、問題に直面していて、それを解決するために行動を起こす人を「同志」と呼んでいます。英語ではConstituencyで、「有権者」と辞書には最初にありますが、ラテン語源をみるとCon=共に、Stituent=立ち上がる、という意味だそうです。

 今回はコミュニティ・オーガナイジング・ジャパンが伴走したお一人、岩手県の助産師、佐藤美代子さんの実践例をみながら、彼女がどう同志と向き合ったのかをみていきたいと思います。

◆当事者目線の産後ケアが必要

 佐藤さんは岩手県中部地域(花巻市および北上市)で主に活動する助産師さんです。助産師という職業を超えて、母親たちが子育てを助け合う取り組み「まんまるママいわて」(http://manmaru.org/)を2011年から始め、当初は東日本大震災の被災地を中心に、子育てに悩んだ母親が助産師に気軽に相談に来ることができるサロンを運営していました。現在はその活動が広がり、母親たちと花巻で産前産後ケア施設を開こうとしています。なぜそうした取り組みを始めたのか伺いました。

「母親たちは、現在、核家族化が進む中、家族・地域の協力を十分得られないままに、妊娠・出産・育児をしています。私自身も二人の子どもがいるのですが、『助産師という職業なのに子育てが大変と言っては、ママ失格』と思い、孤独に育児をしていました。特に第一子の時は、産後うつになる一歩手前でした。家族にも地域にも頼れず、病院や家庭で心身のケアを十分に受けられなかったママたちは、不安な気持ちで子育てをしています。それが自信のない子育てにつながり、ひいては「虐待」や「産後うつ」などにもつながっていきます。

 しかし、そんな状態でも「大丈夫だよ。ママ頑張っているね」と存在自体を認めてくれる人に出会い、そっと肩を抱いてもらえると、心が大きく解きほぐれ、女性は安心して子どもと向き合えるようになります。私の場合は、助産師研究会で毎回会う助産師たちがその役割をはたしてくれました。「赤ちゃん、だっこしておいてあげるから、ゆっくりしてなさい。いつも大変でしょう」と言ってくれたとき、どんなに救われたか……。そうした経験や、被災地でのママたちへの支援活動を通じて、産前・産後に困難な状態にある母親が「同じような思いを共有し認めてくれる存在」に出会ったとき、自身の子育てに希望を感じるということがわかりました。また、そのような出会いに恵まれたママは、同じような思いをしている他のママに対してもケアをしようとすることもわかりました。産婦人科の過疎が進み、里帰り分娩(ぶんべん)をしても、実母はまだ現役で仕事をしているため、日中は母子のみで過ごしたり、実母が「今と昔は違うだろうから」と育児の手助けをしなかったりすることが増えてきました。日本独特の里帰り分娩そのものが意味をなしていない現在の環境で、『当事者目線の産後ケア』は、ママたちに希望を与え、元気な育児をしていくパワーの源になると考え始めました。少子化対策が叫ばれながらも、特効薬となるような政策はなく、母親のうつ病や子どもの虐待死が日々報道される中、当事者目線の産前産後のケアは今取り組むべき緊急の課題だと思います。」

◆「同志」とは誰か?

 佐藤さんはコミュニティ・オーガナイジングに出会って、人を増やすことで活動の輪を広げていくことを知り、「これだ!」と思ったそうです。しかし、問題に直面している当事者が同志になる、行動を起こす中心的な存在になるとは思えなかったそうです。

 ハーバード大学でマーシャル・ガンツ博士はオーガナイザーが問うべき三つの質問があると強調しています。彼の言っていることを紹介しましょう。

「一つ目にオーガナイザーが最初に問うべきことは、『私の取り組む問題はなにか?』ではなく、『私の人々は誰なのか?』(誰が私の『同志』か?)である。あなたがオーガナイズしたい人々、『同志』を明確にしよう。彼らはどんな価値観を、関心を、困難を、資源をもっているのか。彼らはなぜ、オーガナイズされることを望んでいる、もしくはオーガナイズされる必要があるのか?

 オーガナイザーにとっての二つ目の問いは、『私の抱える問題はなにか?』ではなく、『同志の問題は何か?』である。彼らの価値観、関心、資源が

明らかにされたとき、彼らはどんな困難に直面し、その困難は何に端を発しているのか、その問題が取り上げられなければ何が起こるのか、そして、それらが取り上げられたら世界はどのようになるだろうか?

 オーガナイザーにとっての三つ目の問いは、『どうしたら彼らの問題を解決できるのか?』ではなく、『どうしたら私の同志が困難に立ち向かい、ゴールを達成するために、彼らの資源を能力に変えることができるだろうか?』である。

 オーガナイジングの本当の仕事は、同志の中にある。オーガナイジングとは、今だけではなく将来にも、同志が自身の関心を効果的に主張するのに必要な力を発展させることができるようにすることである。このように、力がシフトしていくのだ」

◆当事者である母親たちの力強さ

 佐藤さんは「私は母親たちは弱い、守るべき存在だと思っていたんです」と言います。「どうしても同志が母親たちとは思えなかった」。ところが、活動を続けていくうちに「私も『まんまる』の活動を手伝いたい」という母親が増え、次第にそうした考えが変わっていったそうです。そして、当事者の母親たちが活動に加わることによってチームに変化が起きました。

「まず専門職4人だけのミーティングだったのが、人数が増えて、さまざまな意見が出るようになったんですね。そういう考え方もあるのか〜、という意見が当事者の母親のメンバーから出され、ミーティングをするたびに、新たに学ぶことがありました。そして自分に任された役割があると、誇りをもってくれる。

 定期的に岩手県内の各地でひらいていた母親たちが相談し合えるサロンは、当初助産師を中心に運営していたのですが、希望者にはママスタッフになってもらいました。彼女たちが参加者の前で『ママスタッフになりました』とすごく嬉しそうに言うんですね。任せること、って大事なんだなと思いました。

 私が、当事者の母親が同志だと思えた最も印象的な瞬間は、組織体制を見直し、副代表職を新たに探していたときに、母親メンバーの一人が進み出て副代表になってくれた時でした。組織の混乱も意に介せず、彼女は『こんなに多くの母親に勇気を与える活動なんだから広げていこう』と言ってくれました。『まんまる』の活動で救われた母親の一人だった彼女だからこそ、『まんまる』の活動の本当の価値を知っているのだと、そのときに気づきました。そして『母親は弱くなんかない、すごく強いんだ』と思うようになりました」

 佐藤さんは、一対一のミーティングをたくさん重ね、中心となるメンバーを増やしていきました。現在は拠点のある花巻だけではなく、遠野にもサロンを運営する5人のチームが立ち上がり、独自に動ける体制になっていく準備が整っていきました。釜石、大槌も自分たちでサロンを回せる自主運営体制を築きつつあるそうです。

◆当事者だからこそ生まれた戦略

 もう一つ佐藤さんの大きな気づきが、戦略の大切さでした。

「まんまるママいわて」では、活動を始めた11年当初から母親たちが気軽に安らげる産後ケア施設を作りたいと話していたそうですが、「宝くじがあたったらね……」ということで、それ以上具体的に話が進まないまま、会話が終わっていたそうです。

 ところが佐藤さんは、コミュニティ・オーガナイジングを学び、母親たちの力をうまく使う戦略を作ることができれば実現できるはず!と思い、最初は4人で、途中からは8人で月1回2時間のミーティングをし、戦略を立てていったそうです。

「まず、達成したい大きな目標を『地域で安心して子育てができること』と決めました。

 そしてそれに近づくために、まずは現在の組織体制で実現可能な週3日、母子が日帰りで産後ケア施設内で日中の7時間を過ごし、産後の体と心を休め、母乳ケアや沐浴の仕方を助産師や先輩ママから実地で体得できる仕組みを完成し、産後ケア事業を開始することを短期的なゴールとしました。明確な資金のめどが立たない中で不安もありましたが、『まず始めることだ』と思い、開始日を決めました。

 産後ケア施設は全国にたくさんできていますが、『まんまるママいわて』では東日本大震災以降に、日帰りで2時間の子育てサロンを何百回と行いました。その中で、産前産後に安心して相談できる場所が少ない岩手では、都会の産後ケアのやり方をそのまま岩手に持ってきても使えないということに気づきました。

 そこで、被災を経験し、当事者の気持ちがわかるママたちが、自分たちの経験を後輩ママたちと共有し、支え合えるケアを目指すという方針が決まりました。まさに「同志」が誰か気づいたからこその戦略です。

 短期的ゴールから逆算し、ゴール達成を助けるために、「産後ケア研究」(産前産後のママたちにグループインタビューをし、経験を共有することで産後ケアの意義を知ってもらう。その中から興味と思いの強い人を探し、産後ケア事業にママスタッフとして関わってもらう)を16年春に実施し、その研究を開始するために「シンポジウム」(産後ケアの必要性を行政、市会議員、県外のバースセラピスト、被災ママで語り、産後ケア研究に興味のある人を発掘する)を16年冬に実施することを決めました」

◆コミュニティ・オーガナイジングを取り入れた成果

 シンポジウムは盛況で予定人数30人のところ54人が参加し、現在は産後ケアのリサーチと準備を着々と進めているそうです。母親たちは、産休や育休を生かして短期間でも、お菓子作りや事務、おもちゃの掃除、自分のスキルを教える教室などで関われるようにすることで、より多くのママたちや地域の人たちが支えるケア施設にしたい、と語ります。

 今後は産前産後ケア施設をさらに拡大し、子育てひろばもやってみたいそうです。常時開設されていて、いろんな人が気軽に利用しやすく、子育てについて誰でも相談できる場です。「指導される」のではなく「寄り添ってくれる場」を岩手県内に広げていきたいと話してくれました。

 佐藤さんが約1年半にわたってコミュニティ・オーガナイジングを実践した経験を振り返ってくれました。

「最初は私とスタッフとで一対一のミーティングを行い、関係構築をするところから始めました。最初は『わけがわからないから、コミュニティ・オーガナイジングの人がくるのはいやだ』と言ったスタッフもいましたが、『美代ちゃんが習って、それをやるのはいいよ』と言ってくれて、スタートしました。

 それまではだらだらと時間を費やし、ミーティングの終わり方も、『やっぱりお金がないとできないね』などと、決まったのか決まらないのか、わからないままで終わっていました。しかし、この1年間、コミュニティ・オーガナイジングを実践することで、会議や活動のあり方が変わりました。今では、メンバーが増えながら、具体的な戦略を練ることができるようになり、実践してよかったと思っています」

本記事は、情報・知識&オピニオン「imidas」での前代表理事 鎌田華乃子の連載「ハーバード流!草の根リーダーの育て方」より転載しています。