経験値ゼロから立ち上げてわずか半年で運営メンバー30人超のチームを組み「LGBT成人式@埼玉」を成功させた松川莉奈さんにお話を聞きました。
2016年2月、埼玉県さいたま市のホールに138人が参加したLGBT成人式@埼玉が行われました。LGBTとは、レズ、ゲイ、バイセクシャル、トランスジェンダーなど性的少数者を総称する言葉で、「LGBT成人式」は、年齢やセクシャリティに関係なく「なりたい自分になる」という意味で成人式を行うというイベントです。
15年7月に今まで大きな活動をしたことがなかった二人で始まった活動が半年後に運営側30人超、参加者138人となるイベントになったのです。そしてイベントを開催することが最終目的ではなく、埼玉県でLGBTの人たちが集い、自分らしくいられる居場所作りなど必要な活動を続けていくコミュニティを作り上げることができました。
どうしてそのようなことができたのでしょうか。成人式の実行委員長を務めた松川莉奈さんは、普段は児童福祉施設で子どもたちに勉強を教えていますが、「私自身は、いままで活動をリードしたことがなかったので、できるとは思いませんでした。でもコミュニティ・オーガナイジングを学んで、実践するうちに自分でもできる!と勇気が湧いていきました」と語ります。
◆行動のきっかけは自分の問題意識と仲間との出会いから
松川莉奈さんはオンライン署名サイトのChange.orgとCOJが共催したワークショップ、チェンジメーカーズ・アカデミー(Changemakers Academy)に15年の5~7月に参加し、その後12月までCOJによる実践伴走支援を受けました。松川さんは自身の性に関する悩みや問題意識を持っており、このワークショップがジェンダー問題に関心を持つ人たち向けのプログラムだったために参加を決めたそうです。
「ちょうど1年前、東京で開かれたLGBT成人式に参加した時、スタッフの方がこう話していました。『今の仲間に出会うまで、ゲイは世界に自分一人だけだと思っていた』と。少しわかる気がしました。私も、『女らしさ』『男らしさ』という性別にあてがわれた社会での役割にずっと違和感をおぼえていて、『女らしくない』自分を好きになれませんでした。でもLGBT成人式という場が『ジェンダーロール(性役割)を気にしなくてもよい空間』であったことを経験し、その時間ありのままの自分でいられることの楽しさと安心感を知ることができたのです。
自分の問題意識について色々と気づき始めた時、同じような苦しみを抱える人に何かできないか、と考えるようになりました。性に関する悩みは身近な人でも相談がしにくく、時としてその人を自殺に追い込むこともあります。LGBTの自殺未遂率は、LGBTではない人に比べて6倍だともいわれています(特定非営利法人ReBit制作『男・女だけじゃない! 先生がLGBTの子どもと向き合うためのハンドブック』)。そのような悩みを持つ人に対して、『あなた一人じゃないよ』と伝えていくことが緊急の課題であると考えます。
では何をどこで行うかと考えた時、Changemakers Academyで共にチームを立ち上げた埼玉県出身や県内に住むメンバーが『埼玉県で何かやりたい』という強い想いを持っており、それがこのキャンペーンを始める大きなきっかけとなりました。メンバーの一人によると、埼玉県ではLGBT関連のイベントが多い東京へ行ってカミングアウトができても、地元に戻ると本来の自分を出せないということが多くあるそうです。カミングアウトは義務ではありませんが、自分が生きている場所で『ありのままの自分』を肯定し、それを祝福し合える空間があるといいかもしれない。そう思えたのは、私自身が沖縄という地方の出身だったからというのと、私がそのメンバーの想いに強く共感していたからだと思います。このような経緯で、LGBT成人式@埼玉を開催するに至りました」
◆二人じゃ何もできない! チームを作ろう!
ワークショップで価値観を共有するチームメートを見つけた松川さん、組織の名前は「今動いていて、これからも進行していく」というイメージから「ing!!(イング!!)」と命名しました。しかし松川さんとチームメートとの二人では成人式を開催することはできません。コミュニティ・オーガナイジングでは中心から広がる形の組織作りを目指します。最初に立ち上がったチームがそこで終わることなく、次のチームが生まれるようにリーダーを育てていく、そして新たなチームが生まれたら、また次のチームを育てていく。中心から広がっていくような組織作り、雪の結晶ができていく様子にたとえてスノーフレークリーダーシップ を目指します。
松川さんたちは企画全体の責任を持つ中心的なコア・チームを作りました。さらにそれとは別に、当日の企画を考えて実行に移すチームを立ち上げるために、手わけしてさまざまなLGBTイベントに参加し、「一緒に企画を考えてくれる人を募集しています」と人探しを始めました。「この人とLGBT成人式@埼玉を開催させたい!」と思えた人と松川さんたちとで会ってじっくりと一対一のミーティングをしていき、二つ目のチームであるLGBT成人式@埼玉実行委員会を作っていきました。途中、実行委員会の中にとても意欲的な人がいたので、コア・チームの条件「企画の全体を見渡して何が必要かを一緒に考えられること、週1回のコア・ミーティングに参加できること」をしっかりと確認した上でコア・チームへリクルートしました。
「メンバーを集める過程で大変役立ったのがコミュニティ・オーガナイジングで学んだ関係構築、一対一のミーティングです。相手がなぜLGBTの活動に関わっているのか、掘り下げて聞いていくとその方の生き方が浮かび上がり、大事にしている価値観が実感できます。そこで私自身の体験も伝えていくと価値観で結ばれた関係ができるんです。たとえチームに入ってもらえなくても、一対一ミーティングの時間はワクワクしました」
しかし失敗もあったそうです。
「実行委員会は最初、『月に1度の実行委員会のミーティングに参加したことがある人』という条件で構成していて、参加する方の想いや考えなどは、特に話すことなく活動していました。しかし途中、メンバー内で成功イメージの齟齬(そご)が生じました。『有名人を出してたくさんの参加者を募りイベントを盛り上げる』か、あるいは「地味でも地元に密着したイベントにしたい」か。どちらもとても大切なことなのですが、価値観がきちんと共有されていれば、どちらを重要視するかという意見の相違は起こらなかったはずです。メンバーのリクルートについて振り返ると、その共有が少し甘かったことに気がつきました。そこでコア・メンバーが同席した上で再度一対一ミーティングを行い、軌道修正をしました。それ以降、実行委員となる人には一対一ミーティングをすることを必須にしました」
「この失敗から学んだのは、新たにチームに加わる人と価値観を共有し、また成功イメージやビジョンをしっかり共有することの大切さでした。逆にこの失敗以降は価値観とビジョンが共有できたので安定したチームを作ることができたと思います」
◆成功するチームの条件
マーシャル・ガンツの教えるコミュニティ・オーガナイジングでは組織論も積極的に取り入れています。組織論の研究者であるハーバード大学リチャード・ハックマン教授は、うまく機能しているチームには三つの条件が備わっていると説いています。
一つ目の条件は「チームに境界がある」ことです。境界とは誰がメンバーか明確なことを意味しています。しかし他者を排除するようなものではなく、新たに参加するにはどうしたらいいか、どんな時に辞めなければならないかのルールがあることです。二つ目は「チームが安定している」ことです。チームの活動が明確で、一定期間人々がしっかり関わることです。三つ目は「チームが多様性に富んでいる」こと。良い活動のために必要なスキル、能力、視点が適度に多様な形でチームであることです。
また、建設的にチームを進めるために、チームを立ち上げて最初に決めるべきことを三つ挙げています。
一つ目は「共有する目的」を設定することです。メンバーの共有する価値観と築いてきた関係に基づき、チームの目標や、誰と共に動き、何を行うのかメンバーが参加し、納得のいく形のものを作ります。二つ目はチーム全体で「ノーム(norm)という、意思決定方法や、会議方法などチーム運営をうまく行うための約束事を決めます。そして三つ目は「相互依存する役割」を決めることです。メンバーの強み、弱みを分析し、個々人の能力と成長したい分野に、チームの活動に必要な役割を合わせます。メンバーは助けが必要であれば求めることができ、すべてのメンバーが他の人の仕事の成功に関わることができる役割を考えます。
松川さんの取り組みではコア・チーム、実行委員会、当日ボランティアというそれぞれのチームの境界をしっかり作り、参加条件を明確にしました。それぞれのチームのペースで週1回、月1回と定期的に会いました。当日ボランティアにはイベントの運営スキルを持った方がたくさん集まったそうです。そして共有する価値観に基づきビジョン(共有目的)を設定できたのも大きな成功の要因でしょう。
◆変化を起こした結果、コミュニティが作られる
2月の成人式が成功に終わり、松川さんは現在、代表を降りて、メンバーの一人として活動しています。しかし、コア・チームがしっかりと立ち上がっているので、活動は継続しています。6月には映画上映会、そして大きなキャンペーンを今年またやりたいと考え、メンバーをこれからリクルートするところだそうです。松川さんはこう語ります。「私たちing!!は、個々の性指向や自分の求める性のあり方を表に出せずに孤独を感じている人でも、自分を肯定して生きていける社会を目指しています。成人式開催はゴールではありません。一つの過程です。成人式で培(つちか)った関係性とベースをもとに今年度、来年度とさらに活動を広げ、埼玉を一人ひとりが『なりたい自分』でいられる場所にしたいと思っています」
本記事は、情報・知識&オピニオン「imidas」での前代表理事 鎌田華乃子の連載「ハーバード流!草の根リーダーの育て方」より転載しています。