普通の人々が共通の目標に向かって力を合わせることで変化を起こすコミュニティ・オーガナイジング(CO)。今回はヨルダンの私が大好きな事例をご紹介したいと思います。読み書きも大変だった人々がリーダーになり、地域課題の解決に立ち上がったのです。
◆パレスチナ難民の力を上げたい
2008年にアメリカのハーバード・ケネディ・スクールでマーシャル・ガンツ博士からCOを学んだパレスチナ人女性ニスリーン・ハジアマドは、パレスチナとイスラエルの紛争解決をする組織で弁護士として活動していました。なかなか進まない紛争解決に法律面からのアプローチに行き詰まりを感じ、アメリカに留学。そのとき、COに出合いました。
ニスリーンはCOでパレスチナ人に力をつければ、紛争解決の一助にできるのではと、拠点であるヨルダンに戻り、活動家に教え始めました。そして、10年に「ジャバル・アル・ナティーフ」というヨルダンにある5万4000人のパレスチナ難民のコミュニティを支援するNGOルワードと出合い、彼らとともにCOを実践することで難民コミュニティの問題を解決しようとしたのです。
パレスチナ難民コミュニティである「ジャバル・アル・ナティーフ」は、狭小で劣悪な住居、若者の高い失業率、学校からの高い退学率、平均より低い識字率、薬物使用、家庭内暴力というさまざまな困難に直面していました。ただ難民たちにとっては、一部の男性がリーダーで自分たちは従うだけ、サービスを受け取ることが当たり前となり、自分たちで問題を解決しようとはしていませんでした。NGOとしてコミュニティに関わり始めたルワードに対しても、当初はサービスの提供を期待していました。NGOルワードは、「これでは難民たちにいつまでたっても力がつかない」ということで、ニスリーンと協力し、難民たちが自分たちの困難を解決できるように、自ら立ち上がって支援する方向にシフトしたのです。
まず、彼らが何に苦しんでいるかを深く探っていきました。そうすると、多世代にわたって識字率が低いことがわかりました。男性は工芸や肉体労働が主な収入源で、女性はほとんどが専業主婦で学校を早くに辞めてしまうそうです。読み書きができないことで親たちは自信を失い、子どもたちに読書の楽しみを伝えることができません。そして、学校の試験のための読書しか経験していない子どもたちにとっても、読書は苦痛なものになっていました。
そこで、毎日6分間楽しみのために読書をすることを、住民の10%にあたる5000人が誓い合うという、COキャンペーンを立ち上げました。それによって、地域の識字率を上げ、自分たちの力で課題を解決する能力を培うことにしたのです。この「6分間キャンペーン」と名付けられた活動が始まったのは、10年11月のことでした。
キャンペーンを主導する中心チームには住民が半分以上を占めるようにし、住民自身がリーダーシップを発揮できるようにしました。その中心チームから、母親チーム、若者チーム、図書館司書チーム、女性教師チーム、男性教師チームが立ち上がりました。各チームがさらにサブチームを作ることで人々をオーガナイズしていったのですが、本稿では最も成功した母親チームに焦点を当てます。母親チームは7人の母親から構成され、NGOルワードのスタッフがコーチとして寄り添いました。母親たちは11年1月に行われたCOのワークショップにて、自分がなぜこの活動に参加したのかという自分の物語を語りました。
「私はウム・ファディ、48歳です。私は小学4年生の時に、父に無理やり学校を辞めさせられました。私は日夜泣いていました。学校に戻してくれるよう父に何度も頼みましたが、父は許してくれず、なぜ学校に行きたいんだと言うばかりでした。学校に行っている友人が家に戻ると、私は彼女の教科書を借りて勉強しました。父は、私が15歳の時に35歳も年上の男性と結婚させました。そして子どもを産みました。私が取り上げられてしまったものを、どうしたら子どもたちに与えることができるかと、とても難しく感じていました。でも子どもには、私ができなかったことを達成してほしい。このキャンペーンは私に教育を取り戻させてくれるものでした。なので、全力をもって取り組みたいと思っています」
そして母親たちは5000人が毎日の6分間読書を誓う目標のうち、1000人を母親チームの目標に決めました。
「彼女たちは目標を達成するのは難しいと知っていました。市民運動に対する心的なバリアもあります。でも彼女たちは自分たちで戦術を考えたんですよ」とニスリーンは言います。母親たちが考えたのは、7人のメンバーが5~7人の母親を誘い、誰かの自宅でアラビアコーヒーを飲みながら、毎週の良かった本について話し合うことでした。そして、母親はおのおの自分が読んだ本を記録して、本のコレクションを作り、それを後日「母の読書集」として編さんしようと、決めたのです。そのコーヒー読書会のメンバーたちが、毎日6分間読書を誓ってくれる人を増やす活動をしました。
7人の母親たちは毎週ミーティングをしました。そして、それぞれがメンバー以外の母親との一対一のミーティングを重ね、サブチームを作れるように次々と母親たちを誘っていきました。しかしすぐに壁にぶち当たりました。ほとんどの母親が非常に少ない人脈しかもっていなかったのです。彼女たちの知り合いはごく近所か親戚に限られていました。また公的な会議に参加したこともなく、議題を作ったり、ミーティングを仕切った経験もなかったのです。また、小学校や中学校で学校を退学させられた母親たちに、COの概念をすぐに理解させることは困難でした。COの理解は毎回のミーティングでしっかりと振り返りをすることから生まれます。毎回の振り返りを大切にしつつ、月一回のキャンペーンミーティングで少しずつ概念を理解し、チームコーディネーターが会議のファシリテーション技術を母親達に教えながらその困難を乗り越えていきました。
そして、11年7月には730人が6分間の毎日読書を誓い、73人の母親がオーガナイザーとして活動することになり、350人の母親がコーヒー読書会に参加したのです。さらに、オーガナイザーとなった母親たちは時間管理、会議の司会、コーチングや関係構築スキルを身につけ、強い、個人の関係性を築いていきました。「識字レベルを引き上げることよりも、彼女たちの社会的レベルを引き上げることに、このキャンペーンの価値があったと思います。」とニスリーンの同僚マイスは言います。
「チームメンバーの一人、ウム・サラーは15歳の時のある晩、通学鞄を枕の下において寝たのですが、翌朝になるともう学校には行けないと言われました。その後、3人の男の子の母親となった彼女は、子どもたちに文字が読めないことを知られるのが怖く、学校の宿題を家でみることが困難だったと、彼女の物語を語ってくれました。キャンペーンの終わりにはウム・サラーは母親チームのリーダーになっただけでなく、彼女の物語に共感した母親たちがたくさんチームに加わり、彼女たちの恐怖を行動に変える触媒となったのです」
12年1月15日、母親チームの73人のオーガナイザーはキャンペーンの成功を祝っていました。彼女たちは1739人から読書の誓いを得て、3400の記事や本が全体で読まれたのです。そして、キャンペーンの期間中に母親たちが書いた、刺激や励みを与えてくれる文章が、冊子にまとめられました。チームメンバーは最後に、この活動に参加しなかった母親5人に冊子を渡すことで、さらに読書の素晴らしさをコミュニティ内に広めようと誓い合い、新旧メンバーに350冊の冊子が配られました。
母親チームがこのキャンペーンでもっとも成功したのですが、全体では160人の住民がオーガナイザーになり、23のサブチームができ、5042人から読書の誓いを得ることができました。そして6620の記事と本が読まれたのです。素晴らしい成功ですが、実際にコミュニティの識字率や生活習慣に変化があったのかが気になるところです。
ニスリーンは「メンバーから聞いている話としては効果があったと思います。また、住民は『読書を誓う』ことを非常に真剣に受け止めていました。でも長期的に行動に変化が起きたかどうかは明白な評価方法を作れていなかったのでわかりません」
しかし、このキャンペーンの何よりの成果は、今までごく近所の人しか知り合いがいなかった住民が、知らない人々の間に関係を生み、自分たちで行動して解決する能力と自信を得たことでしょう。「ジャバル・アル・ナティーフのコミュニティが一体となり変化を起こす自信があるか」という問いに対して、オーガナイザーのなんと96%が「自信がある」と答えたそうです。そして培われた土台は、次に家庭内暴力をなくすための新たな取り組み「安全な家キャンペーン」を始めることにつながりました。
私はCOを大学院で学んだ際、社会運動の多くは今まで解決されていなかった困難な課題に取り組んでいくために、失敗したり得たいものを勝ち取れなかったりすることが多くて、失望してしまうのでは、という疑問を感じていました。どうしてもその疑問を払拭できず、授業後に教室を去っていくガンツ博士に詰め寄りました。
そうしたら博士はこう答えました。「次につながる土台を作るのがCOでは重要。たとえ負けても、今までになかった人とのつながりが生まれ、リーダーシップが育まれ、一緒に行動できる能力が上がっていたら、次は勝てる可能性が上がり、大きなことに取り組めるようになるのです」
最後にニスリーンはリーダーシップを育み、コミュニティがパワーを発揮できる土台を作ることができたと確信した時のエピソードを話してくれました。
「キャンペーンの成功を祝うイベントで、8歳の女の子が私に近寄ってきたの。彼女は『毎週木曜日に学校でトイレ掃除をさせられるのだけど、用務員の人は何もせず座って電話しているばかりなの。私はCOキャンペーンを立ち上げたくって! あなたに話すように言われたの』と言いました。私はなぜ彼女がキャンペーンとCOを知っているのかと聞くと、『私のお母さんは6分間キャンペーンのメンバーだったから』と言ったのです。私はすごく希望を感じました」
今回はヨルダン、パレスチナ難民コミュニティの事例をご紹介しましたが、大変な現実を前にしても自分たちの課題解決のために立ち上がることを決断した方たちには、とても勇気づけられます。しかし日本でも似たような状況があるのではないでしょうか。地域では一部のリーダーの声が大きく、女性や若者は従うだけ。自分たちが何かを変えられるとは思っていない。地域には問題が山積しているのに、人々は誰かがなんとかしてくれると思っている。ヨルダンの事例からは、一見無力でリーダーにはなれそうもない人でも、きっかけと学んでいく姿勢さえあれば、リーダーシップを発揮できるようになるということがわかります。そしてそれが積み上がることで、大きな変化を起こすことができるようになります。日本でも、6分間キャンペーンのような変化が各地で起きたなら希望のあふれる国になると思います。
本記事は、情報・知識&オピニオン「imidas」での前代表理事 鎌田華乃子の連載「ハーバード流!草の根リーダーの育て方」より転載しています。